宮崎初の合同学園祭始動!?@りょうじさん記事

好きな人に振られるってよ。

気が付けば1月も半分。高校3年生は宅週期間に入り学生生活がもう間もなく終わります。大学3年生は、就職活動を考える時期がやってきます。

僕も2018年1発目何か仕掛けたいと思っております。

こんなやつを考えています。近々皆さんにお知らせ出来ればと思っております。

ということで、前回の記事は見てくれましたか?YUMEZAKIが誕生したお話です。

↓↓↓

遂にYUMEZAKI FESTIVALを!@りょうじさん記事

(見てない人は見て下さい♡)

YUMEZAKIのことを最近知られた方は、想像付かないと思いますが実は1回目のYUMEZAKIは成功とは言えませんでした。修行をしてレベルアップした(つもり)東京から帰って初めて行ったイベントがまさかの、バックスクリーンにホームランを打たれる。

心身ともに疲れ果てて、ポジティブりょうじで有名だったのですが…この時は、すぐすぐに前を向けませんでした。
この時の心境を例えるなら、学校で同じクラスのマドンナAちゃんが好きだとします。
「クラスのAちゃん。絶対お前のこと好きだよ。」
と色んな人から言われます。

一度デートに誘ったらデートしてくれた→周りからも絶対行けると言われる→なんならAちゃんの友達にも相談したら行けると言われる→Aちゃんをデートに誘ってその日は好感触。

準備は整った!振られる要素はどこも見当たらない!!!

いざ出陣!!(告白)

(昔の写真フォルダを探したらありました。笑)

結果。
「ごめんなさい。」

結構きついでしょ?こういう経験した人結構いるんじゃないですか?ちなみに僕は学生生活でこういう経験はあります。(Aちゃん。元気してるかな?)

理由を聞いてみると、

「まだあなたのこと何も知らないし、もっとあなたのことを知ってからじゃないと付き合うことは出来ない」

確かに。もっと僕のことを知ってもらうために、僕の魅力を伝えて、もしも付き合ったら楽しいし大切にしてくれるんだろう。
と相手にイメージさせないといけません。

付き合ってから色々知って行きたいという人もいると思いますが、一般的には色々知ったうえで付き合って行くと思います。

お得意の話が脱線するパターンになりましたが、振られた男子みたいにクヨクヨして、なにかと言い訳を付けて次に動こうとしなかった自分がいました。

こんなことでクヨクヨしてたらカッコ悪いと心を入れ替え、

「宮崎を盛り上げる男ここに誕生」と言った手前。もう一度立ち上がりました!!

振られる話とYUMEZAKIを無理矢理置き換えました。
クラスのマドンナ=宮崎の若者
周りからお前のこと好きだと思うよと言われた=そのイベント人が来るよ
デートで好感触=SNSで話題になる
根拠のない自信がつく=周りが見えなくなる
Aちゃんからあなたのことをまだ何も知らない=宮崎での認知度
Aちゃんからあなたのことをもっと知っていきたい=回数×経験
付き合うイメージをさせる=集客
付き合う=お客さんの満足度

僕が学生当時に振られた経験がこのような時で活きるとは思ってもいませんでした。要は今まで経験したことを、視点を変えて物事置き換えれば生きていく上で活きてくるもんですね。(Aちゃん!ありがとう!)

そしてもう一つ。何度もこのブログで話してた、
165キロのストレート
野球をしてた人だと分かると思いますが、(ちなみに僕はサッカー部。)ピッチャーがストレートばっかり投げてたら、バッターは「こいつ球種はストレートしかないな。」
と思い構えるのです。

要は目がストレートに慣れていき、早いと思ったストレートが打てるようになっていきます。解説者がよく言ってる言葉があると思います。「緩急をつけた投球で。」

そうです。165キロのストレートをより早く見せるためには、遅いストレートをあえて投げたり、時には変化球を投げたりなど。バッターからしたら次はこのピッチャー何投げるのかな?と思わせないといけません。となったら、僕はストレートにこだわり過ぎてた。変化球も覚えないと。

ということでここで作戦変更!宮崎のTGCを作る前に、まずは他の内容でイベントをしないといけない。そう思い。これを思い出しました。

“合同学園祭”

(合同学園祭が出来た経緯はこちらで↓)

YUMEZAKIを思いついたきっかけ@りょうじさん記事

これをまずしっかりとした物を作り上げよう。と、決めたのです。

そして、もう一つ。またまた野球で例えますが、(部活の時に野球ボールがあったら出来ないのにカーブと言って出来もしないことをやってたミーハーサッカー部です)

僕は三振をとることにしかこだわってませんでした。要は1人で何でもやろうとしてました。

時には内野ゴロを打たせてバック(チームメイト)を信じて打たせることも大切です。とれもしない三振を狙いに行って、ただ体力が無くなり点数を取られるよりも、仲間を信じて、打たせる時は打たせる。そしてここぞという時に、三振出来る力を僕が磨いていき三振をとる。だからこそ、たくさんの仲間を作っていきみんなで一緒にYUMEZAKIを作っていって宮崎を盛り上げていく。

そう思いました。ここで覚悟を決めました。

「これがダメだったら、イベントを辞めよう。」

中途半端は嫌だからこそ腹をくくりました。合同学園祭をやるには、大学生と繋がらないといけない。

このズッコケ3人組は残念ながら大学生ではない。(ちなみにツインズは中卒だけどめちゃくちゃ頭良いんだよ。)

(手がプルプル震える噂のR君。)

信樂龍一郎こと、りゅう。(のちにこの男が宮崎のエースになりました。)
現役大学生やん!ということで、りゅうに大学生を紹介してくれとお願いする。
まさかの返答が。
「あんまり学校に行ってません。」
りゅうはやっぱりパリピでした。(笑)ただ、僕自身のネットワークとりゅうのなんちゃって大学生のネットワークで、YUMEZAKIの絶対的守備の要と出会えました。
(左:江藤 泰己 当時 宮崎大学4年生 右:村田 健伍 当時 宮崎産業経営大学3年生)

当時、2人はダンサーで色んな所で活躍しており自分たちでダンサーに向けたイベントもしていました。(今は立派な社会人です。)

この2人と、ズッコケ4人組(まさし・ツインズ・りゅう)

宮崎初の!合同学園祭に向けて始動するのです。YUMEZAKI第2章の幕開けです。

りょうじさんの過去の記事はコチラから!

【YUMEZAKIの生い立ち】

YUMEZAKIの生い立ち@りょうじさん記事

【YUMEZAKIを思いついたきっかけ】

YUMEZAKIを思いついたきっかけ@りょうじさん記事

【遂にYUMEZAKI FESTIVALを!】

遂にYUMEZAKI FESTIVALを!@りょうじさん記事