遂にYUMEZAKI FESTIVALが誕生する
東京に行ったことで、YUMEZAKIが生まれた2015年。東京で様々な経験をすることで、パワーアップしたりょうじさん。
パワーアップしたことが分かる記事となってます↓↓
大谷翔平並みの160キロのストレートを武器を持って宮崎にカムバックしました。そして2015年の3月第1回目のYUMEZAKIを開催することになりました!
(約9年前のYUMEZAKIです。)
まさしとは僕が東京行く前から、なんとな〜く繋がりがありました。深い繋がりがあった訳じゃなく、なんとな〜くな感じです。
そこで、まさしに連絡。
「YUMEZAKIっていうイベントを始めるんだけど、宮崎のTGCと言われるイベントを作っていきたいと思ってる。是非協力して欲しい」
そのとき、この男まさしはどう感じたか分からないけど答えは
「是非!やりましょう!」
深い繋がりは無かったけど、僕の想いと少なからずYARAKASAで実績を残した信用というのもあってか
まさしとそしてYARAKASAで一緒に動いてたメンバーとYUMEZAKIに向けて動き出しました。
実は当時まさしは若い子に向けたお昼のイベントをやってました。
となったら、そのメンバーを誰か一緒にYUMEZAKIを盛り上げてくれる子がいたら紹介して欲しい!とまさしに相談した所、この2人を紹介してくれました。
(左まさや兄 右なおき弟)
8人の初代YUMEZAKIモデルが誕生しました。
平均年齢18歳と当時28歳の私。普通の生活をしてれば現役高校生と関わることましては話すことなんて一般的にはありません。
「オッサンうざいんだけど〜」「ちょ〜うけんだけど〜」
そんなこと言われるんじゃないか。壁が出来るんじゃないか。恐怖と不安がありましたが、いや。ありのままの自分で行こう。
話してみると。
みんなめちゃくちゃ良い子♡
ただ1つだけ問題視されことがありました。この初代YUMEZAKIモデルは、、、、、
問題児でした。(笑)とりあえずうるさい。
練習始めるのにもお喋りだらけで練習がなかなか進まない。
(練習風景の写真。笑)
ふざけてばっかり。ときには怒って、ちゃんと練習やれー!と言いますが、集中力切れたら、、、、
またおふざけTime。(笑)高校生のパワーを痛感しました。
ただ。本当にみんな仲良しでした。
2015年3月14日ホワイトデー!遂にYUMEZAKIがスタートしました。
YUMEZAKI記念すべき1発目のゲストは、
なつぅみちゃん。可愛いかったです。ファンサービスも凄くてファンのことを大切に考え、なによりすごーく素敵な人でした。
そして初代YUMEZAKIモデルはと言いますと。
うらら
当時唯一の高校1年生。本当に16歳?年齢詐欺してないかな?とゆうぐらい堂々としてました。いつどんなときも元気いっぱいな女の子でした。
あやか
あやきゃんことあやか。この子の笑顔あやきゃんスマイルにみんなが癒されてました。若い世代の子達から憧れられる意味がYUMEZAKIに携わって分かりました。
りお
小さくて小動物みたいな可愛らしさを持ってました。最後の練習まで上手くパフォーマンス出来なかった彼女が本番、びっくりするぐらい堂々としててキラキラしてました。
ありな
高校生とは思えないセクシーな一面を持ってました。ハスキーボイスで、笑い方にも特徴があり笑
たまにタメ語で話しかけてくる度胸さもあり笑 みんなのムードメーカーでもあり、頼りになる女の子でした。
りょうか
ランウェイ前を歩くポーズがあったんですが、練習では一度も成功することがなかったんです。本番するかしないかを迷いに迷いました。挑戦することを選び、結果。
見事成功!成功した彼女を見て袖でみんなで大号泣してました。
あゆみ
1番マイペースな彼女でした。初めて会ったときは、幼さしかなかったのですが日がたつにつれてどんどん美人さんになっていきました。本番は更に綺麗な姿へ。そしてこのYUMEZAKIキッカケで運命の人と出会い結婚もしてビックリです!
しほ
後にも先にも初対面の僕に「ヤバイよね!?」とタメ語を使ってくるほど肝っ玉がすわってました。笑 でもそれが彼女の長所でみんなから愛されキャラでした。イベントの次の日に就職で東京に旅たちみんなで空港に行ったのも素敵な思い出です。
かずね
初めは照れ屋さんで全く出来ず、そんな彼女がTGCを見に行って彼女にしか出せない可愛さのパフォーマンスを見つけました。ちなみに彼女は2016年のYUMEZAKIにリベンジをして4代目ミスYUMEZAKIのグランプリを獲得しました。
8人の初代YUMEZAKIモデル。とってもとってもキラキラ輝いてました。
結果は
なつぅみ特別賞
あやか
初代YUMEZAKIグランプリ
うらら
受賞しました。ただ、僕の中ではみんな本当に頑張ったのでみんなにグランプリをあげたい気持ちでした。
初めは挨拶も出来ず、練習も真面目にしなかったり、照れてばっかりだった彼女達がここまで成長するなんて思ってもいませんでした。YUMEZAKIに出る前は普通の女子高生です。そんな彼女たちの成長する姿は、9年前のことを今でも鮮明に覚えています。
ここまで輝いたのも、彼女達の頑張りはもちろん。彼女達を一生懸命サポートしてくれたスタッフのみんなが居たからです。
(はるかちゃん。ふみかちゃん。)
(吉野双子。双子がYUMEZAKIどんだけいるんかーい)
(特別講師の未来先生)
(YARAKASAメンバーのおじさんとおばさん)
(出ました。噂のR君。)
僕はというと本番は、彼女達の思い出が走馬灯のように思い出し泣くのを我慢してました。まるで、卒業式の生徒達を見てる先生のように。
素敵な仲間と出会ったのは今でも誇りです。このメンバーが居たからこそ、今のYUMEZAKIはあります。そして今の自分もいます。
本当にこのメンバーには感謝しかありません。
ただここで事件が起きました…。
それは、予算を掛けすぎ想定していた集客が出来ず、僕の力不足もあり
赤字となり、資金が一瞬で無くなりました…。
大谷翔平と思ってた自分は実は大谷翔平ではなかった。
自分の力不足を痛感。
「根拠のある自信」
これが打ち砕かれ当時は、相当キツかったのを今でも覚えてます。
ただこの時みんなから言われた言葉。
「次のYUMEZAKIも楽しみにしてます!」
この言葉とYUMEZAKIキッカケで出会った仲間のためにも、
次こそは!という熱い気持ちと想いで計画を練り直し、次のYUMEZAKIは必ず成功させてやる!
という気持ちを持ってvol.2に向けて動き出すのです。
YUMEZAKI FESTIVAL VOL.1 ホームページはココ>>
そして約2年後。(1年前)高校生だった彼女達が大人の姿になってまた再会しました。
宮崎市と一緒に成人イベントを行い、20歳となった彼女達が振袖ファッションショーモデルとして出演しました。人生何があるか分からないね。
そんな高校生で出会った彼女達は今では結婚して子供を産んだ李、キャリアウーマンになったり。
僕の目標が、
「彼女達の子供がYUMEZAKIに出場」
この目標を叶えるためにまだまだりょうじ頑張るってさ。
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